2006年4月号

   

   

散り残る花にこそあるどっさどさ…?

久々に「花見例会」

─4月14日・偕楽公園─


 「行きくれて 木の下かげを宿とせば 花やこよひの主ならまし」我が伊勢平氏随一の文武両道の美形、薩摩守忠度(ただのり)。
 一ノ谷で討ち死にをするが鎧の箙(えびら)に縫いつけていた「旅宿花」の一首。
 谷川士清とともに平家武士の流れをくむ本居宣長は「敷島の 大和心を人問わば 朝日に匂ふ山桜かな」。
 この二首こそ、その後の男たちに、日本人としての心構えと美の精神を植え付けた歌であります。
 「ええですなあ、日本人にとっての桜」とかなんとか前会長の乾杯で散りそこなった名残の花見例会の宴会開始。
 4月14日、寒さで花期が伸びて、急遽久々の「花見例会」。
 少々出席者が少なかったが、桜とつつじが同時にどっさり、食べ物どっさり、お酒も各自がどっさり払い、笑顔がどっさり。
 どっさりずくめの花見例会でありました。

    

      


ダンディー黒田、大いに語る
〜若さの秘訣は「鍛錬」〜

3月第1例会

プールに通う重大な理由は…?

  

 3月10日の第1例会は指名例会として開催されました。
 L藤波委員長より次期の役員の報告が行われ、次年度役員が満場一致で承認された。
 その後、懇親タイムに入り、L黒田晴より「私の健康管理いろいろ」と題し、講演が行われた。
 L黒田は昭和5年生まれの75才。8人兄弟の末っ子として生まれた。若い頃は食糧事情も悪く、30才にして歯槽膿漏になり、前歯をなくしてしまい、それからは毎食後には、歯を欠かさず磨き、また最低2年に一度は歯医者で定期検査を受ける。
 現在は入れ歯なし。すべて自分の歯とのこと。歯は健康の維持には絶対必要ですって!
 又、昭和44年頃からジョギングを始めたが、まもなく膝を痛め、ウオーキングに切り替え、37年間毎朝3〜4km程、歩き続けてみえるらしい。昭和50年頃、ゴルフを始め、約20年続けたが腰を痛め、このまま続けても意味がないと思われ、やむなく止められた。
 平成2年頃に、すでに退会されている紀平さんの薦めでプールに通うようになり、ゴルフの後遺症で腰が悪いため、腰痛コースに入り、週2回、午前中、2時間ほど腰痛に効果のあるクロールとバックを中心に現在も続けてみえるとのこと。つまり、約10年間、常に体を動かし鍛え続けていらっしゃる方であります。
 もう一つ、プールに通う重大な理由があるらしい。
 普段の日は6割の人が歩行専門の人で、年金生活者らしい老人の方が多く、プール全体の気色も悪いそうです。しかし、土日は仕事休みの若いOLさんが泳ぎに来るらしく、これらの若い女性を眺めるのもひとつの健康法だとか。従って、土日は絶対休まないそうです。
 もう一つは、オシャレをすることで、以前のお仕事がテーラーさんでしたし、身をかまう事、そして幾つになっても異性を意識すること。
 以上述べたように、あの若さを保つには、人知れずすごい努力をされていることが推測できました。いやいや本当に晴さんには恐れ入りました。我々も大いに見習っていつまでも若くいられるよう努力になくては!.



小林団長へ育成資金
〜メンバースピーチは「耐震」のお話〜
3月第2例会


現在、団員は14名。2人の指導員…

 

 3月第2例会において、津海洋少年団団長・小林賢司様をお迎えし、海洋少年団への育成資金の贈呈セレモニーが行われた。
 続いて小林団長の報告は、少し淋しいもので、平成11年に28名の団員が在籍していたが年々減少し、現在は14名、7世帯の子どもさんと2人の指導員でからくも運営している状態とのこと。
 故田中久男氏が団長の時には51名のメンバーがいたが小林団長に至る30年(6代目)を経過する間、減少の一途をたどっている。時代的な背景(少子化や景気の低迷)もあるが、マリーンスポーツのメッカで過去に世界大会等の競技会も行われたこともあり、是非とも存続させて欲しいものです。
 次に退会者の挨拶があり、アサヒ生命支社長のL高野が京都支社へ、また、三井住友海上火災のL滋野が東京の関連会社へ転勤。
 L高野は3年、昨年は執行部で活躍され、ライオンズの面白さがわかりかけていただけに残念である。
 L滋野はL稲畑には及ばなかったが、それなりにLCをエンジョイされ、今後が期待されていただけに惜しい。後任の方に大いに期待し、今後のご活躍を祈念したいものである。
 その後、メンバーズ・スピーチとして「木造住宅の耐震化について」と題し、L田端隆よりお話を聞いた。
 その一部をご紹介すると、今後10年間で木造の建物に対しては90%の改造を目指している。特に昭和56年以降建てられたものは、現在の建物を100点とすると55〜60点しか強度がないそうだ。特に昔の木造建築は壁の量が少なく、地震に対して弱いらしい。今後80年くらいの間に三重県では東海地震、南海、東南海の3つの地震あるいは3つ一緒に発生する確率が高いらしい。予想される被害は、津では280名程の死者、2,000名以上の重軽傷者が発生するらしい。ちなみに、その震度は6弱位とのこと。昭和56年以前の木造住宅は無料で耐震診断を受けることができるとのこと。木造住宅耐震補強支援制度もあり、昭和56年5月31日以前に建築された木造住宅をお持ちの方は是非どうぞ。申込みは市町村窓口。


  

■連載■




「しょうがないで、嫁にしてやった」

…!?
L小寺克之


 今回は次期第一副会長の「克っちゃん」こと、L小寺克之。終わって3次会にまで付き合っていただきました。

─入会年度およびスポンサーは?
L小寺 入会は昭和61年8月8日で、かれこれ23年くらいの在籍です。スポンサーはL宮木三郎です。
─津ライオンズクラブへ入会しての感想は?
L小寺 異業種の方々と交流が図れ、良い会に入会できたことを嬉しく思っています。また私が入会した当時と違い、若いメンバーの皆様が自由に思ったことを発言できたり、それが結構受け入れられたり、いい雰囲気になりつつあると思います。
 一昨年、L河村会長の時に幹事をやらせていただいたときに、強くそれを感じました。いい経験をさせていただきました。
─お仕事の紹介とPRを?
L小寺 主として建設業ですが、一部、役所関係の土木もやっています。内容としては公共施設、福祉、医院関係、一般(店舗や事務所)、工場等、又、個人住宅も手がけています。つまり、建築、土木、何でもOK。
─ご本人は控えめに、資格だけはたくさん持っていますよ。例えば一級建築士、一級建築施工管理士、二級土木施工管理士、インテリアプランナー、宅地建物取引主任、特殊建物調査資格者など、建築におけるあらゆる資格を有する才能の持ち主です。参りましたの一言です。
では、ご趣味を聞かせて下さい。
L小寺 やっぱりゴルフかなあ〜。
 昔はハンデ9までいきましたが、今は20位かなあ。10年前は年間平均ストロークが82か3位でしたが、練習もせず歳もとってきて、全くへたくそになりました。(しかし、ひと月ほど前から、これでは恥ずかしいと、週2回程、練習場へ通ってみえるみたい。近いうちに又あの絶妙のアプローチとパッティングを見せてくれることでしょう。)
 ちなみにクラブも良く取りかえる方で、最低2年に一回。今はドライバーはテーラーメイドR7、アイアンは本間とのこと。凝り性というか飽き性というか、が、いまだ嫁だけは取りかえていない。(※代わりがおるわけないやろっ!)
 他には絵の鑑賞で、特に日本画がお好きらしい。なかでも平山郁夫画伯の絵がお気に入り。また、おしゃれも一流で、洋服にもお金を使われる。松坂屋の紳士服売場に良く現れるとのこと。(※なんとかにも衣装やでなあ。よう心得とるやないか)
─理想の女性のタイプは?
L小寺 おとなしくて、少々殴っても反抗しない従順な女性が良いなあ。(※そんなもん、おるわけないやろっ!)芸能人では何といっても吉永小百合。後藤田代議士の嫁になった水野真紀、ダイワハウスの新聞広告に出てる伊藤美咲あたりがお好みとか。(※いうのは勝手やわなあ。小寺邸には鏡というものがないのか?)

 奥様とはお見合いで、彼女の方からなついてきたので、しょうがないので嫁にしてやったとか。どこまで本当やら、(※嘘にきまっとるやろっ!)いまでは立場が逆転、たびたび奥様を誘ってお二人だけで旅行やゴルフに出かけるみたい。
 最後、酔いが回ってきたのか、昔はスマートでええ身体しとったぜとか。やはり嫁が一番やぜとか。いいたい放題。聞いておれやん状態。ま、ごちそうさんっ!(※あはは、取り上げたのが間違いやったな)
※印は会報印刷業者の書き込み